時間の尺度にズレ

歳を取ると時間という物差しが大雑把になっていくらしい。そういえば私も仕事のない日は時計を見なくなった。朝、昼、夕方、暗く成れば夜。この4つの時間感覚しかない。
昼と夕方をどう振り分けるかというと、大体陽射しの色で判断するため、冬になると昼間から夕方だと思い込んで妙に長い夕方だなとふと時計を見るとまだ午後2時前だったりする。
時間の概念が大雑把なのは年寄か子供だろう。
「早く起きなさい」と母親に布団を剥がされてから飯食って学校へ行くまでが朝で、4時間目あたりから給食辺りまでが昼、6時間目の授業が終わってから夕方が始まり、夕ご飯を食べ終えると夜が始まる。午後9時になったら子供は寝なければならないことになっているので、それ以降は真夜中扱いだった。
時間に対する感覚は同じ大雑把でも子供と年寄では似て非なるものがある。
早朝、まだ日も登らないうちから勝手に目が覚めて、学校(会社)へ行く必要もなくなった年寄りは、朝飯食った後は所在なく、家でボーッとするか、当てもなく近所をうろつくしかない。これを毎日繰り返し、一年があっという間に過ぎる割には一日が長いと感じる。物理的につじつまの合わない現象が毎日起こっている。これを長期間繰り返すことで徘徊の境地に達していくのかもしれない。

昼と夕方の割り振りが曖昧になる。季節によるが、夏であれば10時から午後2時とか午後3時とかだったり冬だと午前10時から午後1時ごろだったりする。
既婚者であれば奥さんが作った昼飯である程度昼の割り振りは安定するが、私のような独り者は腹が減ったかどうかと、昼飯を作る気概があるかどうか、気分ごと、日ごとに時間の尺度にずれが生じ、3時間とか4時間という誤差が出て、これが夕方から夜にかけての時間帯に大きく影響する。窓に射す陽がオレンジ掛かってくると「もう夕方か」という意識になり「間もなく夜がやってくるのだ」と、この時間帯独特の焦燥感に襲われる。
「さっき昼飯食ったばかりなのにもう夕方か」と多少頭の中は混乱し、腹が減っているわけでもないのに「晩飯の時間だ」モードにスイッチが切り替わってしまうのだ。
「そんなことあるものか」と思われるかもしれないが本当だ。ちゃんと時計を見ていればこんな混乱は起きないが、見ない。それが年寄なのだ。
いつか明るいか暗いかだけの究極の時間感覚の中で生きていくことになるのだろう。
楽しみだ。

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