風景礼賛

 いかにも梅雨らしい天気が続く。七股池の遊歩道は冠水が続きオジサンオバサン達の散歩する姿も見ない。人の気配といったら雨の止み間に草刈り機の音が聞こえてくるだけ。せっかくの休みもなかなか外に出る機会がなく、家で音楽を聴いたり本を読んだりするくらい。二日かけて自分のブログを読み返してみた。その中の関連するいくつかの記事を改めてまとめてみた。そしたらかなり長い文になってしまった。

 井伏鱒二の「荻窪風土記」。大正から戦前の昭和にかけての東京の姿が見え、なにか懐かしさを感じたのは自分が年を取ったせいももちろんある。自分の中の記憶に残る、どこかで見た風景が荻窪風土記に出てくる風景と重なる。
しばらく後になって、国木田独歩の「武蔵野」を40年ぶりに読んだ。文章から湧き出る情景は20代の時の私には理解できなかったが、60歳を過ぎ再読してみて武蔵野への憧憬が枯れることなく湧いて出てくる。独歩が27歳の時に書かれた「武蔵野」を60過ぎてようやく読み方を知ったということ。我ながら情けなさも感じないわけでもないが、これも能力の差ということで仕方のないことかもしれない。
 武蔵野の風景は江戸の頃は広大な萱(かや)原だったそうだが、二十代後半の独歩が見た明治の武蔵野は萱原と雑木林が混在する風景が広がっていたそうだ。独歩は江戸時代に広がっていた武蔵野の面影を見てみたいと願いながらも明治の武蔵野の魅力に惹かれる。柳田國男が「近年のいはゆる武蔵野趣味は、自分の知る限りに於ては、故人国木田独歩君を以て元祖と為すべきものである」と言ったそうだが、武蔵野の面影を追い求めるのが今に始まった事ではないところが面白い。
自分の記憶の中で広がる風景と文学の中に広がる風景を重ね、思い浮かべるのも楽しい。
豊橋に移り住む前、埼玉県川口市での3歳か4歳の頃。朧な記憶で、片や田んぼが広がり、片や木々の繁る道を親と散歩していた。畑の向こうにはまた林が広がっている。似たような風景を見るとその時の記憶が甦ってくる。
 井伏鱒二の荻久保風土記や国木田独歩の武蔵野を読んでいて気付いたが、まさに私の記憶にある風景こそが武蔵野の名残だったのだ。

国木田独歩「武蔵野」の一文に
・・・大洋のうねりのように高低起伏している。それも外見には一面の平原のようで、むしろ高台の処々(ところどころ)が低く窪んで小さな浅い谷をなしているといった方が適当であろう。この谷の底は大概水田である。されば林とても数里にわたるものなく否、おそらく一里に当たるものもあるまい、畑とても一眸(一望と同意)数里に続くものはなく一座の林の周囲は畑、一頃の畑の三方は林、と言うような具合で、農家がその間に散在して更にこれを分割している。即ち野やら林やら、ただ乱雑に入り組んでいて、忽ち林に入るかと思えば、忽ち野に出るというような風である。それがまた実に武蔵野に一種の特色を与えていて、ここに自然あり、ここに生活あり・・・

 大平原と言っても高低差は当然あった武蔵野。高いところでは萱やススキ野原が広がり、低い窪地では芦原が広がっていたという。江戸以降入植した人たちはススキ野原を畑にし、葦原を田んぼにしたんだろうと勝手に想像する。その間に植生の変化で楢の林が野原を分割し、明治から昭和にかけての近代文学の世界に登場する武蔵野の風景になったんだろう。それにしても楢林の一斉に黄葉したり、冬の陽の射す落葉林。一斉に新緑が始まる光景を見てみたいものだ。

自分の4歳くらいから10歳くらいまでの散らかった記憶をつなぎ合わせてみると、夏、暗い林を抜ける直前、密集した梢、枝の垂直に断たれた隙間から、水平に広がる野の風景が視界に入る。
 林を抜けると、林と野の境に沿って細い水路が流れていたりする。濁っていれば灌漑用、澄んでいれば上水路。水路の幅は一尺程度。
 この水路は水が澄んで底まで見える。早い流れの中でハヤやオイカワが鱗を煌めかせながら矢のようなスピードで川上へ登っていく。草の陰で時々静止し、チラチラと木洩れ日を受け背びれの金色の線を輝かせ、スマートな流線型の姿を水草とともに流れの中でゆらめかせているがそれも一瞬で、光陰を残して川上へ消えてしまう。そして川下からやってきた別のハヤが同じところで静止し、また川上へと消えていく。
 幅の割に底が深く水かさのたっぷりある水路は岸の青草に当たる水音や、水面で跳ねる水音に、底で揉まれ上に下に渦巻き水中水底からの少し籠った水音。その振動が微かに足の裏にも伝わってくる。

 東西南北約一キロ四方に広がる杉山町知原(ちはら)の畑地帯は、杉山町の南端に位置し、田原市六連(むつれ)に接する農道は、県道503(杉山六連線)から六連(むつれ)までの東西約1.5キロ。杉山町で一番標高の高い所を通る。この農道は尾根になっていて道の南側に田原市六連の谷、北側は知原の畑地帯を見下ろす。眺望のよい農道で、空気の澄んだ冬の朝は東に遠く富士山が見えることもある。
 県道503から東へ農道に入り、長いのぼりを歩いていくと右手に長仙寺(ちょうせんじ)裏の雑木林がある。時々でっかい野兎に出くわしたりする。何しろ畑地帯だ。野兎の一匹や二匹が暮らしていけるだけの食料は充分にある。と言ったら農家に叱られるかもしれない。
 雑木林を過ぎると眺望が良くなり、春時分だと新芽の淡い緑が広がる茶畑が続く。道路の南側は急な斜面が多く六連の谷を隔てた先に緩やかな階段状の畑地帯を眺め、北側は茶畑や、いろいろな作物の畑やハウスが広がる知原の畑地帯の先に御園団地を囲む雑木林など変化に富んだ風景を眺めることができる。
 杉山町知原の南端、田原市六連との境にあるこの尾根道(農道)を北へ下ると、知原の畑地帯の南北の中心よりやや南側に、少し広い農道が並行して通っていて、実はこのあたりから見上げる尾根道のパノラマが一番美しいと私は思っている。
 この農道から尾根道へは、一旦、少し下ってから一気に登る地形となっている。その高低差に、数値上での高低差よりも視覚的、心理的に感じる高低差及び距離を大きく感じる。
 尾根道のスカイラインに沿うように広がる茶畑や点在する雑木。裾野に広がる白菜やキャベツ畑。それらの隙間を縫うように細い農道が自由に曲線を描くように模様をつけている。
 朝、畑の真ん中から、急上昇し、上空でホバーリングしながら鳴き続けるヒバリの声を聞きながら東西に延びる尾根道のパノラマを眺めていると、どこかの高原にでもいるかのような気になる。
 大げさに聞こえるかもしれないが、見下ろしたり、見上げたり、見渡したり、本当に高原のパノラマ 風景が目前に迫っているような気になるのだ。

 知原風景の魅力は、決して広くはない1キロ四方の中に、緩やかな起伏に富んだ地形にある。その中にキャベツ畑や白菜畑、トウモロコシ畑やハウス、茶畑、点在する雑木林、道端に咲く花。畑の土や畝など。朝の光と影が豊かな彩を作り出している。時々田舎の香水が漂っていたりするが、こういう日は我慢してやり過ごす。
 ここに住んで40年過ぎたが、未だ田舎の香水には馴染めない。「それも風情のうち」と言えば済むことではあるが、どうしてもなじめない。ただあまり臭い臭い言うと嫌われるので言わないが、臭い。それを我慢しての40年。
 よく田舎暮らしに憧れる人がいるが、その土地の文化、風習、生活、お付き合いというものがある。それに溶け込む自信のない人は田舎に住むべきでない。ただ、その土地独特の魅力的な風景に出会えることは確かだ。

 魅力的な風景に出会うためには、想像力を働かせなければ、ただ通り過ぎるだけの場所でしかなくなる。近景を見渡し、中景を見渡し、遠景を見渡し、どこに何があるのか、その向こうには何があるのか、形を見て、色を見て、風を感じて、匂いを感じて、そして移ろいを感じたり想ったりすることで、通り過ぎるだけの場所は魅力的な風景へと変わるものなのである。

 シロさんの畑。杉山小学校から城下へ抜ける道と先ほどの尾根道が合流する辺り。南に田原市六連(むつれ)、東に豊橋市城下(しろした)に接する、杉山町の南東に位置する。
 自治会で知り合った元警察官のシロさんは、現在この畑でいろいろな野菜を作っている。広大な畑ではないが、大根、ニンジン、キャベツ、白菜、ブロッコリー、レタス、ジャガイモ、ビーナッツ、トマト、キュウリ、ナス、トウガラシ、トウモロコシ、各種豆類など、季節ごと、畝ごとにいろいろなモノを作っている。
 畑の北側は崖になっていて、下はほとんど手付かずの雑木林とハチョウトンボなどが生息する小さな知原池がある。初夏の頃、木陰でシロさんの畑をスケッチしていると後ろの雑木林からフクロウの声が聞こえたり、下草がカサカサと、狸か何かいるのかなと振り返ると、コジュケイと目が合い、大慌てで崖の下に転がり落ちるように逃げていくマヌケな姿に吹き出す。

 杉山小学校・七股池裏⇔城下間の農道、城下⇔県道503の尾根道、県道503⇔七股池・御園地区に囲まれ、広々とした景観を誇る知原の畑地帯の一角、北西に位置する泉原。少し起伏があり、窪地には手つかずの雑木林が点在し、その隙間に牛小屋や畑がある。知原の広がりのある風景とはだいぶ趣が違う。その中に雑木に囲まれた茶畑がいくつかある。この辺りは、いつもひっそりとした空気が漂っている。
 そぼ降る雨に葉を濡らす茶畑の新芽の鮮やかな緑を、傘に当たる雨粒の音を聞きながら眺めているうちにそこに漂う空気までが緑色に染まってしまいそうな、静謐で少し寂しげな風景がそこにある。時雨の似合う風景。その先には明るい知原の畑が広がる。

 田んぼに水が引かれ、一年のうちでもっとも光に満ちた季節。
 杉山町と老津町の境を流れる紙田川。渥美半島の台地を削ってできた川だから、全長も5~6キロくらいのものか。源流がどこにあるのか知らないが、きっと城下町か赤沢町あたりだろう。
杉山町河内(こうち)地区、上流側紙田(かみた)から・細田(ほそだ)・荒子(あらこ)までの1㎞余りの紙田川沿いの田園風景がいい。知原の畑地帯を経て自転車で細田に下りて紙田川堤防を走り、荒子経由で杉山駅、自宅という、春の杉山風景満喫散歩は楽しいが、二級河川の紙田川の堤防は未舗装砂利道で雨上がりには轍(わだち)の殆どが水たまりになっている。いくらマウンテンバイクでもこの水たまりだらけの道を走るのはしんどい。おまけに春の西風が老津の台地と杉山の台地に挟まれた紙田川の谷を吹き抜ける。この風を正面から受けながら水たまりをこぐのは勘弁してもらいたいが、ここから上流(城下町)方向を望む風景がいい。城下までは自転車でもほんの数分のところだが、靄(もや)をついて朝陽輝く眺めは実際以上の奥行きを感じる。

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