ジョロウグモ

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 引っ掛かりそうでなかなか引っ掛からないのが蜘蛛の巣。仕事場の駐車場の一角が民家の裏に当たり、ちょっとした繁みになっている。そこには大小さまざまな蜘蛛の巣が張られている。ジョロウグモの巣ばかりだ。
 何度も脱皮を繰り返し、育ちの早いものからまだ成長段階のものまで、それぞれの育ち具合によって張られている巣の規模に差がある。六畳一間共同便所のような小さな巣から三重四重に複雑に張り巡らされた田園調布の大豪邸のような巣まで様々だ。
大概の巣には糸が2重3重に張られ、一番大きな網目状のメインの糸に大きなメスが占拠し、近くに張られた糸に小さなオスがこっそりと張り付いている。大体これが蜘蛛の所帯として平均的なものであるらしい。ただ、やっぱりね。といっていいのかどうか、ひときわ大きなメスが建てた大豪邸には雄が二匹いたりする。かなりやりてのキャリアウーマンなのだろう。夫のほかに愛人が同居している。3次元的に張り巡らされた4重の巣。豪邸が彼女の羽振りの良さを物語っている。もしかしたら私の知らない別宅とかがあって、そこにも愛人がいるかもしれないと思うと嫉妬を覚える。
 この2匹のオスは三角関係の現状をどう捉えているのか。どっちが夫でどっちが愛人か知る由もないが、近い将来この2匹の間で血生臭い場面が展開されることになるのに違いないと想像すると二匹の行く末に期待というか不安というか胸騒ぎというか胸躍るというか。ま、私が心配してもしょうがないことではある。
 逆にいまだ独り暮らしの雌もいる。日当りの悪い下層に小さな巣を作ってひっそりと暮らしている。同じ独り者として何か共鳴するものがないでもない。蜘蛛に肩があるかどうか知らないが、優しく肩を叩いて「がんばれよ」と一声かけてあげたい。「前を向いて生きていこうよ」と語り掛けてあげたい。手を取り合って、目に涙をためて見つめ合いたい。一体蜘蛛の手がどれなのか分からないけど、蜘蛛の眼に涙が溜まるものなのかどうか判らないけれど、8つもある目のどれと見つめ合ったらいいのか判らないけど・・・。こういう場面ではさくらと一郎の「昭和枯れすすき」とか、南こうせつの「神田川」とか、一節太郎の「浪曲子守歌」とかがBGMでとして合うだろう。
 感情移入が過ぎた。
 この辺りにはアゲハ蝶や蜂が頻繁に飛び交っている。蜘蛛にとって獲物に不自由しないだろうと思いがちになるが、ここ一か月、アゲハ蝶が引っ掛かっているのを一度も見た事がない。風のひと吹きにひらひらと流されそうに舞っているのに決して蜘蛛の巣にかからない。点在する巣のスレスレを縫うようにひらひらと舞っている。時には明かに羽根が糸に触れても引っ掛かる前に「おっと」と言っているかどうか判らないが上手に躱(かわ)している。羽根が触れた瞬間に、糸の振動で蜘蛛の方も「むっ」と臨戦態勢に入っているようだが、決して引っ掛からない。千鳥足で側溝スレスレを歩く酔っ払いと同じ、方向が定まらないような、あっちへひらひらこっちへひらひらと行き当たりばったりにしか見えない蝶の舞だが巣に引っかからない。こういうのを見ているとだんだんチョウが憎ったらしく見えてくる。
ごくまれに黒いベンジョバチやカメムシがが捕まっていたりするが、彼らが蜘蛛の巣に引っかかった瞬間も見た事がない。
 近くで立哨中にカメムシ臭が漂ったときには、蜘蛛の巣に引っかかった時だということだけは判る。臭気を感じたら繁みを見ると蜘蛛の巣にかかって体液を吸われている様子を見るが、その時すでにカメムシの悪臭放出は終わっている。きっと蜘蛛の方でもあの匂いは嫌なのだろう、ガスの完全放出が済むまでは放置している模様。
 何もここまで観察する必要があるのかというと必要ないのかもしれんが、とにかく蜘蛛の巣に獲物がかかることは思った以上に稀である床が判明した。そりゃ獲物だってそう簡単に捕まるわけにはいかない。
 そのくせ私は毎週のように我が家の庭で蜘蛛の巣に引っかかるというのはどういうことなんだ。
 
 ちなみに多数のカメムシを密閉ボトルに集め刺激を与えると一斉に悪臭を放ち、その匂いで気を失ったり死んだりするそうだ。自分の出す悪臭に対する抗体を持っていないということらしい 。カメムシの臭いのは堪らんが、自分の臭いにやられるという憎めないところもある。

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