汚れちまった悲しみに、みたいな

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長い事オッサンをやっているうちに、身も心もすっかり汚れちまった。
汚れちまった悲しみに今日も小雪も降りかかる。みたいな。
汚れちまった悲しみに今日も風さえ吹きすぎる。てきな。
汚れちまった悲しみになすところもなく日は暮れる。ってかんじで。

ただでさえ歳をとって頭も体も緩んでいるところに春眠暁を覚えずの状況が加わる。緩み具合はますます大きくなり体中の穴という穴ははだらしなく開き、ありとあらゆる液体がドロドロと流れ出てくる。おまけに春風と共に飛散してくる花粉だの馬糞だのが鼻の粘膜を刺激し、ドロドロ度がより一層増す。これが若いうちであれば、体中から流れ出る液体もサラサラとしていてほとばしるように漲るものがあるが、ここまで歳をとってしまうと不純物、老廃物濃度の高い液がドロドロ流れるばかりである。
「泥の河」なんて物語があったが、ドロドロの液体にまみれた我が身を描いた「ドロの家」とか、プロレタリア文学っぽいものが書けそうな気がしないでもない。
何を言っているのか分からなくなってきたが、長い事オッサンをやっていて心も体もすっかり汚れちまった。

汚れちまった悲しみに今日も風さえ吹きすぎる。
汚れちまった悲しみになすところもなく日は暮れる。
とかなんとか中原中也は言ったらしいが、汚れちまった我が身には花粉混じりの春風が吹とおり、汚れちまった我が身にはドロドロの液体が流れ出るのであった。






中原中也ファンからクレームが来るかもしれん。

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