ざれごとだけど

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フランスの大学入試では理系、文系、どちらにも哲学の関わった問題が出され、答案に4時間もかけるという。答案は授業で習った哲学理論を織り交ぜ文献を引用して論述。暗記だけでなく自らの考えをまとめる能力が必要になるそうだ。
直ぐに役に立つとは言えない哲学ではあるが、フランスでは人格を形成するのに重要な学問として位置付けているそうだ。
日本では効率のいい学問、学習に偏っているという。私は子供の頃に、虫捕りとか学生が落す万年筆・シャープペンシル拾い以外の用事で大学へ行ったことがないからよく解らないから、エラそうなことを書くと嘲われるかもしれないが、もう少し考える力をつけられる教育をしていればJ民党のM藤議員のような、想像力すらもない阿呆なことを言う議員は出てこなかったのではないかと思ったり思わなかったり。彼には国家という枠に固執し、枠の内側に存在する郷土や風土、文化、その中で育まれた人の心までは見えていない。国家に人の存在があることを見ていない。
自分の物差しに合った答えだけにしがみつく。
きっと議員になって何か誇大妄想的な勘違いをしてしまったんだろうね。こいつの目には人の姿が映っていないんだろう。
同時に反対派のデモもはっきり言ってM藤議員と似たり寄ったりで、なんかどっちもどっち的な…
若者特有の頭の固さというか一途さというか意固地というか、視野の狭さと言うか、物差しの小ささと言うか。もっと考える力を持たないと。
短絡的な反応で「戦争法案」などと騒ぐ野党の知恵の無さがこういう事態を招いているともいえる。

すでにマニュアルが完成してしまった感のある今の社会。マニュアル通りにしか動くことができない。マニュアル通りの安全な世界で生かされてしまったことで、逆に視野の狭い価値観での思考しかできなくなっている。与えられたモノだけで全てが足りてしまう。自分で作らなくてもいい。ごく少数の創造者がいれば、その他大勢はそれに従っていくだけでいい。
風潮として学力と教養を混同しているところがある。
そう、風潮。風潮に縛られる。風潮は多数であり、多数は権力となり、固定化につながり、排他を生む。

バーチャルリアリティーの技術が発達したことによって、想像する機会を失い、本来人間が持っている残酷さを隠し、イメージと厚化粧にごまかされる。


東京新聞:「大戦 深い反省」 天皇陛下 踏み込んだ「お言葉」:社会(TOKYO Web) http://t.co/RNtSZRzVJf

安倍首相が言う「戦争責任と全く関係のない世代にまで謝罪を強要しなくてもいいように」すべきであるならば、もっと早くからしっかりとした謝罪をしておくべきだったのであり、また安倍さん自身がその謝罪すらしないことで、おそらく後の「戦争責任と全く関係のない世代」にまで謝罪を強要しなくてはならない状況がいつまでも残ってしまう。
いまだに「村山談話」を基準として政権が変わるごとに謝罪の内容を比較せにゃぁならん事態が続いている。天皇陛下はそんな状況が続いているのを憂慮して「大戦、深い反省」に踏み込んだんだろうと思う。そういう意味ではもちろん安倍さんだけが悪いわけじゃなくて歴代の総理大臣の戦争責任に対しての「けじめ」をつけてこなかったツケが残ってしまっている・・・
これは戦争責任の門外に限ったことでなくて、原発の問題も、年金問題にしても、公共事業の問題にしても、今まで核となる問題を置き去りにしたまま無理矢理進めてきてしまった結果、「そもそも」の「けじめ」をつけなかった結果、「ツケ」を残し、不良債権が膨らんでしまったんだな。

ちょっと私自身の考えのまとまりがなくなってきたが、まあこんな感じに思っている。










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