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zoom RSS 檜の香り漂う・・・

<<   作成日時 : 2017/08/04 16:06   >>

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 巡回中に檜のいい香りが漂うときがある。県道を挟んだ向かいに小さな製材所があり、そこからの香りだ。小さな製材所だから一日中機械が回っているわけではない。工場の窓の隙間から見える送材車の動きに合わせ丸太を挽く軽快な切削音と共に漂う香りがたまらない。
 夏の昼下がり、うだる暑さの中で檜の香りのお陰で、ほんの一瞬ではあるけれど、沈殿した血液が流れ始め、凪いだ頭の中に涼風が吹く。
 機械のある工場の向かいに4メートル位の丸太が積まれている。径は80センチ程の立派な檜だ。更にその奥には製材された板が幾重にも立てかけてある。昔からある製材所の光景というのはこういうものだろうと思う。

 昭和40年代後半から50年代前半、まだ二十歳そこそこでダブルバンドソーのオペレーターとして送材車の運転をさせてもらっていた頃は、ラワンやアガチスなどの南洋材を大量に製材していた。一日におそらく何千立米という単位で生産していたと思う。
 大割という工程で直径2メートルほどもあるような丸太が二つ、あるいは4つに挽かれ、私の担当する中割、正目挽きの行程へ搬送されてくる。それを送材車に載せて丸太の状態を見ながら1等材から3等材までを2台のバンドソーで挽き分ける。送材車の操作は簡単ではない。同じ樹種でも現地で生えていた環境により一本一本違う。日当りのいいところで育った木は綺麗な木肌で鋸の刃の通りも良く機械の操作はスムーズにいく。日陰で育った木は目が詰んでいて固くそれに合わせた機械操作が必要になる。また傾斜面で育った木は倒れないように高密度の繊維を持つ部分があり、それをアテと呼んでいるが、挽いている最中に突然割れてしまったり板材にした後の行程で反り返ったりねじれたりする癖者だ。アテのある丸太は大割で数センチ挽いただけで鋸を締め付けてモーターを止めてしまうくらい癖の強い材だ。また時々チーク材を挽くこともあったがこの木も堅くて挽きづらかったおぼえしかない。
 まだ大規模な製材工場がたくさんあった時代だった。大企業で最新鋭の製材工場だ。設備がすごかった。バンドソーは直径2メートルの丸太を挽ける大割1基、中割正目挽きダブルバンドソー2基。5枚挽きの出来るクォードソーというバンドソー4台で切削する機械1基、テーブルバンドソー2基のラインだった。製材された板は等級ごとに大きなトレイに自動で集積され、そのまま自動乾燥炉に流れるようになっていた。ただ自動の乾燥炉の稼働は上手くいかなかった。板厚を決める歩出しはコンピュータ制御で決められるが、当時はまだそれほど精度が高くなかった。それでも人が経験を積むごとに腕が上がるのと同じように機械も繰り返し稼働させることで不思議と精度も少しずつ上がっていくもので、そうなると機械への愛着も湧く。危険と隣り合わせだがやりがいのある仕事だった。
 今こういう大掛かりな設備を持つ製材工場は殆どないと思う。現地生産の時代になっている現在、外国から大量に原木を買い付けることができない。そのため古くからある製材所の方が残っていたりする。こういう小さな工場で腕のいい職人さんが今でも活躍しているのではないかと思う。こういう製材所でこそ少量であっても大きな原木の製材を引き受け設備の能力を超える技能で製材を行っていると聞く。いろいろな樹種を製材し、丸太ごとに性質を見極め効率のいい製材をするのは難しい。決して立派な設備で製材しているわけではないだろう。10メートルを超える長尺材などは2台の送材車を連結して製材するということを聞くと、これまでいかに自分が甘い仕事をしてきたかということを痛感し恥ずかしくなる。


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