迷い人

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 制服姿で巡回していると道を尋ねられることはよくあるが。「ちょっと道に迷ってしまって、〇〇というところへ行きたいんですけど、ご存じありませんか」と、40代半ばくらいの女性が虚ろな目で聞いてきた。〇〇は巡回中、何の気なしに畑の向こうの民家の間、100メートル先くらいだろうか、視界に入ってくる看板で、介護施設のようだ。毎日視界に入ってきてはいるが、その看板、その施設に意識を寄せたことがないので、ただ漠然と看板が建っている記憶があるだけだ。たまたま今この女性から〇〇という施設の名が出てきたことで「そういえば」ということだ。
 100メートル先にちらりと見える看板はかなり大きなものらしい。そういう看板には簡単な道案内が描かれているかもしれない。その看板の方を指さして「あそこに〇〇の看板があるから、もしかしたら・・・」と案内している最中に、女性は定まらない視線で「ありがとうございます」と言って、私が指さした方角と逆の方向へふらふらと行ってしまった。
 「え?」と思ったが、私に道を聞いておきながも彼女の頭の中は相当に混乱していたものとみられる。人にものを尋ねておいて、全く聞いていないことはよくある。この女性もきっと「ちょっと道に迷ってしまって」ワラをもすがる思いで私に近づいてきた時点ですでに長い道のりを迷い歩き、疲れと焦りで頭の中が働かなくなっていたんだろう。表情もなく虚ろな目は充血している。私が指さして案内している最中にも彼女は意識も視線も全く別の方向を向いており、私の話し声もきっと耳に入っていないのだろう。指さした方向と逆の方向へ歩いて行ったのは、ひっきりなしに車の往来する県道の喧騒に釣られて無意識に歩いて行ったんだろう。
 「あの看板に・・・・。こりゃだめだ。」呼び止めるのも面倒だったんで彼女の後姿を見送った。40分後、県道の向こうの歩道をさっきと逆方向を歩く彼女を見かけたがその後どうなったのかわからない。こういう状況になると芥川龍之介の羅生門の最後の一行を思い出す。「下人の行方は誰も知らない。」っつって。


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