私の戯言に過ぎないけど

忘却は生命の維持システムであり、失敗を繰り返す足枷でもあるのかもしれない。
 年を取ると理屈っぽくなって始末に悪い。年寄りの屁理屈は聞くに堪えないものだ。
 世間体を繕ってモラルとか正義とか、そういうものが邪魔をして人間の本性を隠してしまう。平和ボケした人間が突然極限状態に置かれたとき、もっとも残酷な行動に走りそうで恐ろしい。
 本気で戦争反対とか平和とかを考えようと思ったら、戦争という極限状態の中で人がどういう心理でどういう行動をとるのか、しっかりと検証をすべきだと思うがそれがされていない。きっと戦争を知ったごく一部のプロたち以外、トップに君臨する政治家も含めてほとんどの人が知らないまま。知られては都合の悪いことがたくさんあるからだろうけど、知らないまま平和を叫んでも、軽くて中身のない言葉の羅列が空しく鼓膜を通過するだけ。
 人は生命を維持するために時間が経過することで都合の悪い記憶を消去するようにできている。記憶も感情も風化していくようにできている。楽しい記憶は思い出として残りやすいが、辛い記憶は消去するかあるいは美化していかないと生きていけない生き物なのだ。だからなかなか検証されることが困難になる。歴史に学ぶことができずに歴史は繰り返されることになるのだろう。
 戦場に放り出された兵士にとっては自分の生き死にがかかっている。国家とか国際法とか正義とか差別とかモラルとか理性とか、そんなものは戦場ではまったく意味を持たなくなってくる。全ての制約は自分の命の重みの前に力を失う。そこでは生きるための本能しか働かないものらしい。生き残るために自分に備わったすべての能力を出し切らなければならない。
 何も知らない私がこんなことを言っても何の意味もないことだけど。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック