新国立競技場とか

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当初の試算1300億円でゴーサインが出された新国立競技場の建設は、ドサクサに紛れて3000億円の予算に膨れ上がり、工期もオリンピックに間に合わないかもしれないことがわかったとか。
どうしてこんなに大きな予算の誤差が生まれるのか不思議でしょうがない。まだ工事が始まってもいない時期にこんな問題が出るくらいだから、工事中にはもっとドサクサに紛れて4000億円とか5000億円、6000億円までかかっちゃった。なんてこともありそうな気配。
きっと頭のいい人たちが計算したんだろうから、頭の悪い私にわかるように説明していただいても解らない難しい問題なんだろうなと思ったりしている。
ザハおばさんの設計した国立競技場は、近未来的なデザインでかっこいい。これも解らないことだらけ。このデザインが周囲の景観との調和が合っているとか合っていないとかいろいろ賛否あるが、それは正直どうでもいい話だと思う。元々、東京の町など景観もクソもないところだから今更国立競技場のデザインが周囲の景観との調和とか考えるだけ無駄だ。
景観なんか考えんでもいい。どうせ東京だ。雑多でいい。雑多で。
大事なのはどれくらい金がかかるかだけだ。

ニコライ堂を見た人はみんなそう思うはず。
あれだけ美しい姿をした建物が間近でしか見られないような街だ。
今更景観がどうだこうだ言ったところで、チャンチャラ可笑しい話だ。

それにしてもA藤さんとか、T下さんとか、K川さんとか、大御所になると超現実的な世界に行っちゃってる人が多いのはどういうことなんだろう。
彼等の造ったものが歴史的建造物として残るものがあるのだろうか。
あれだけ立派な造りの国立競技場が50年で老朽化しているってこと自体どう考えてもおかしい。現代建築ってこの程度なのか。人間だって80年くらいの寿命があるんだぞ。普通の民家よりも寿命が短い。
何千億円か知らないが、あれだけ金掛けて造る新国立競技場の耐用年数はどれくらいのものなんだ。試算しろよ。
法隆寺の五重の塔の背中どころか、気配も見えていない。

現代建築というのはまだその程度ということだ。ばかたれ。

あ、それから解体した後の産廃はどうなってるんだろう。本当に産廃としてちゃんと100パーセント処理されているのか。
信用できんな。








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