魂ビジネス

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いつの間にか「スピリチュアル」という言葉を聞かなくなった。
一時は目が腐るほど、耳から膿が出るほどスピリチュアルという言葉、文字が、そういう人たちの顔、声が、紙面や画面に氾濫していた。
スピリチュアル的、スピリチュアル風であれば何でもかんでも商売になった。
色紙に、上手いのか下手なのかわからない筆文字で「悲しくても笑顔」とか誰でも思いつきそうな言葉をもっともらしい顔で書くだけで若い女性客が有難がって買っていったというから、流行にうまく乗っかればそれなりに儲けられるものなのだ。
こういう流行は一種のイベントのようなもので、ワールドカップの時のスクランブル交差点での馬鹿騒ぎハイタッチごっこやハロウィンのばか騒ぎと程度は変わらないような気がする。
中身はなくてもいい、一時的な楽しみ、レジャーである。
占いとか、お化け屋敷のようなうさん臭さといかがわしさを楽しむのと同じである。
すがるほど切羽詰まったものではなく、ちょっとした迷いを解消するときに気持ちの良くなる素敵な言葉を添えてもらいたい。と云う需要に応えたのがスピリチュアルだったのかもしれん。
でも結局しばらくするとやっぱり飽きがくる。一時的な流行で終わった感があるが、これはまた何年か先に似たようなものが流行るに違いない。















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