そっか、時と金は観念か

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今、内田百閒の随筆が面白い。
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金は物質ではなく、ただ主観に映る虚像にすぎない。或いは、さらに考えていくと、金は単なる観念である。決して実在するものでなく、したがってこれを所有するということは、一種の空想であり、観念上の錯誤である。
それは時の認識と相似する。過去は直接に未来につながり、現在というものは存在しない。一瞬の間に、その前は過去となりその次は未来である。その一瞬にも、時の長さは無くて、過去と未来はすぐに続いている。幾何学の線のような、幅の無い一筋を想像して、それが現在なのだと思っている。
なるほど、Time is money とはよく言ったもんだ。
金は時の現在のごときものである。金という実態のない観念と、時という実態のない観念と。所有することは不可能なのである。

とまあ、借金にまみれていたこの文豪はいろいろとあれやこれやと言い訳を垂れているが、それなりにうまいこと言いやがる。
今電子マネーというものが話題になると何故か実感する。


嗚呼、金が欲しい! 



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