記憶の固執

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草取りをしていると、近所のおじいさんが話しかけてきた。
「どこそこの誰々さんが、○○したの知っとるか、××の□□が△△しとって、@@だっただけど・・・」
と、言いたいことを1人でしゃべって帰って行った。
2~3日前も、この爺さんから同じ話を聞かされた、これで4回目。
鬱陶しいので、目を合わせないように、草取りをしながら聞いている体で、その場をしのいだが、草取りと爺さんの話、どちらにも神経が働いてなかったせいで、左の瞼を蚊に刺されてしまった。
この爺のせいで、私は左の瞼を蚊に刺されてしまったのだと思うと、憤懣やるかたないのであった。
このブログを書いている今、思い返しても、怒りがこみ上げ、口に含んだみそ汁の豆腐を噛み砕き、部屋中に飛び散る。血走る眼には殺気が漲り、家中に憤怒の嵐が吹き荒れる!!
…ちょっと言い過ぎた…
同じ話を何度も何度もくどくど聞かされる、全く迷惑な話だ。

だから年寄りは嫌いだ。

瞼が痒くてたまらない、厄介なところに刺されてしまったものだ。
下手に薬を瞼に塗ろうものなら、目がスースーするし、ちょっとやそっとでこの痒みは治まらない。
爺の話に気を使うより、虫刺されに気を付けなければならない季節なのだ。
*****
小学生の頃、風呂上がりに素っ裸で家の中をうろついていたら、私の大切な珍歩子(ちんぽこ)ち虻がとまり、大パニックになったことを思い出す。
虻に刺された時の痛みを知っていた私は、悲鳴を上げながら手で珍歩子にとまった虻を思いっきり払いのけた後の、珍歩子が小刻みに揺れながら実害がなかったことに安堵したのを思い出す。
そして珍歩子に虻がとまったときのあの感触は、珍歩子が今でも鮮明に記憶している。
*****
この話は以前、ブログに書いたかもしれない。
書いたような気がするが、書かなかったような気もする。
歳をとるといろいろと忘れてしまい、同じ話を同じ相手に何度もしてしまうこともあるやもしれぬ。
だが、これは仕方がない。
年齢というものが、そうさせてしまっているのだ。
だから皆さんは、そのことを理解した上で読んでいただきたい。
私には温かい目で、広い心で接していただきたい。
非難することなかれ。

年寄りは嫌いでも、私を嫌いにならないでくださいっ!


で、え~っと、なんの話をしてたんだっけ。












この記事へのコメント

みーさん
2013年05月22日 17:31
ダリの絵にありませんでしたっけ?(笑)
Burarin
2013年05月23日 01:03
こんばんわ
・・同じ話を繰り返す。
そう言えば身に覚えあり。
気をつけねばとは思うけど、もうしないという自信もない。困った。
heartscape
2013年05月23日 07:49
みーさん
そう、あの有名な柔らかい時計が描かれた「記憶の固執」。
なんかね、歳をとると、なんで?と思うような、どうでもいいことだけは憶えていたりすることがあるみたいですね。
その代わり肝心なことを忘れちゃったり。

Burarinさん
これはもう諦めるしかないですね。
同じ話を繰り返したり、動作でも同じところを何度もぶつけたり、同じ段差を何度も躓いたり。

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