なんでこんな話をしたんだろう

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魚氷にあがる

三河の冬はカラカラ天気が続くが、今年は雨が多い。
昨夜は10日ぶりの雨。
明けて今朝は鈴鹿おろしが吹きすさぶ。
こんな日には熱々のポトフでも作って体を温めたい。

「素人のお前に何が判る」と言われるが、「玄人のあんたがなぜわからない」と言い返す。
問題が起きるたびに、原因究明だの再発防止対策だのという話が出てきているが、再発は繰り返されている。

クーベルタン男爵の話をすると「今どき」とか「もうそんなのんきなこと言ってる時代じゃないよ」という。
「オリンピックは参加することに意義がある」と東京オリンピックの年、小学校で教えられた。
当時4年生だった私の脳にしっかりと記憶に焼き付いている。
しかし、今の日本社会ではこの言葉はすっかり忘れられている。
「参加するまでの過程が大事」というところまで考えが及んでいない。
「それくらい解ってる」と皆言うが、解ってないからこういう問題が繰り返し起きるのだ。
国を背負ってるんだから、国の金で行くんだから、「金メダルを取るのは使命」になっている。
国民の声が圧力となっていることは間違いない。
いつの間にか日本人の心が卑しくなってきている。
その圧力を払うかのように選手の過激な発言や行為が目立つ。
そして我々国民もマスコミもそれを面白がって煽りたいだけあおる。
メダルでも取ろうものなら選手が何を言おうが、無条件にもてはやす。
「勝てば官軍、負ければ賊軍」というやつか。
煽りたいだけあおっておいて、発言が次第に見逃せなくなったり、問題行動が目立ち始めると、手のひらを返したようにバッシングに変わる。
オリンピック開催のたびにこういう問題が起こっている。

1964年の東京オリンピック、柔道無差別級決勝で、オランダのアントン・ヘーシンクが神永昭夫さんをけさ固めで破った瞬間に喜びのあまり靴を履いたまま畳の上に上がろうとしたオランダの選手関係者たちを手で制したのは有名な話。
「例で始まり、例で終わる」
「敗者への敬意」
をヘーシンクは体現していた。

1984年のロスオリンピックでは柔道無差別級の決勝とはえらい違いだ。


今日はなんでこんな話をしたんだろう。














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