桜と紅葉を考えてみる

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今日、そこらへん(杉山町七股池)に咲いてた桜。

桜と言えば日本の象徴のようなイメージ。
パッと咲いてパッと散る潔さが日本人の心をひきつけると言うことで本当に人気者の桜(の花の咲き際と散り際)。

何かの記念の植樹と言えば桜。
と言っても言い過ぎではないくらい、もう条件反射的に桜。
桜を見ると条件反射で心が和らぎ、梅干しを見るとヨダレが出る。これが日本人。
若いお姉ちゃんを見ると条件反射でヨダレが出るのが私。

2月も後半に入ると天気予報でも桜前線なんてもの作っちゃって開花予報までやっちゃって。

里山を桜で満開にしようと素敵な夢を見た有志たちがいろんな種類の桜の木を山の斜面いっぱいに植えて、みんなで一生懸命育てて、その甲斐あって春になると見事に桜の花が満開。
訪れる人の目を楽しませてくれる。
しかし訪れる人はこの時期だけだったりするんですよ残念ながら。
花が散った後の新芽も本当は綺麗なんだけどなあ。花が散るとみんな来なくなっちゃうんですよ。
でね、新芽、綺麗なんだけど毛虫がすごい。
それもあるから人が来なくなることもあるかもしれないけど、秋になると桜の葉って鮮やかな紅葉にならないんですよね。
どんよりした茶色の枯葉にしかならないんですね。惜しい。
秋にそこを訪れると風に桜の枯葉がカサカサと音をたてて舞い散って寒々とした風景が広がって。
花の時期以外の魅力が乏しいらしい。惜しい。
数日間のために一年をかけて里山の手入れをしなければならない。

「桜切るバカ梅切らぬバカ」なんて言うけど、実は桜も放ったらかしにはできない場合があるらしい。枝が伸び放題になると枝同士で木肌を傷つけあって腐っちゃったりして、「桜切らぬバカ」にもなり得るらしいです。
やっぱりそれなりの管理が必要みたい。


それでも日本人は満足なんですね。
でも勿体ない。折角の里山。
秋の紅葉(モミジじゃなくてコウヨウと読んでね)も楽しめるようにならないものかね。
日本の紅葉は世界的に見ても特別に美しいと言われているのに。
その特性をもっと生かせないものでしょうか。
昔は雑木林が黄葉・紅葉のグラデーションで里山を飾っていたのですが、今は名所と言われるところでしか見られなくなりました。

愛知県は特に杉やヒノキの人工林ばかりで秋の紅葉を里山で楽しめるエリアは少ないですけど県境を越え長野県に入った途端に全山紅葉が眼に入り「長野県が羨ましい」と思うことがあります。

春の桜。秋の紅葉。
このバランス、もう少し考えたいものだと思うんですけど。












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