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zoom RSS この親分にしてこの子分有り

<<   作成日時 : 2017/04/29 21:45   >>

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 「いきなりですよ、いきなり」。講演で、子分の更迭について派閥の親分がこう文句を言ったそうだ。その前に言うべきことがあるんじゃないのか、更迭に文句をつける前に子分が放った数々の失言暴言を詫びる気持ちはないのだろうか。子分の不始末を詫びるより子分の処遇に対する不満の方が大きいらしい。
 この親にしてこの子有り。と言うが、この親分にしてこの子分有りとでも言うのか。スンバラシイ経歴をお持ちの方たちばかりの世界である。私などこういう方たちからなら何を言われてもただ「ごもっとも」と返すのが精いっぱいである。
 若いうちから頭もよくエリート街道を真っ直ぐに進んできた人たちの中に時々歳をとってからとんでもない失態をさらけ出す御人がいる。その失態を失態と自覚しないまま、失態を指摘されたことへの対応ができないでいる。むしろ逆ギレさえするので始末に悪い。当然反省という意識などない。おそらく羞恥心もないのだろう。
 子供のころから優秀で、周りからも持ち上げられ、大きな自信と誇りに満ち溢れエリート街道を歩いてきたので失態があったとしてもエリートというブランドで帳消しになるのであろう。自信と誇りと明晰な頭脳で世の中を動かしている人たちなのだ。
 人間である以上当然失態も失敗もするものだが、エリートと言われる人たちの一部には自信と誇りが失態の邪魔をする。失態に気付いたとしても、それに対応するすべを持っていないらしい。
 こういう人間を持ち上げてしまった我々。エリートに対しての気後れ、遠慮。失態を指摘することを恐れている。エリートも人間である。誰からも何も言われなければ自分の失態に気付かないのも当然かもしれない。仮にこういう人から謝罪をされても、またいつかどこかで失言暴言を繰り返すんだろうという思いもあるので素直に水に流すような気持ちにもなれない。
 人間という生き物は増長する生き物であり、立場に甘んじるとそこに胡坐をかく癖がある。立場に溺れてしまう生き物なんだろう。
 彼等は単なるエリートだけではなく地盤という鎧もまとっている。これが強いんだ。
私などは卑屈になって隅っこの方で妬み、こうやっこそこそとブログで文句を言って憂さを晴らすしかないのだ。


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