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zoom RSS 失言か暴言か

<<   作成日時 : 2017/04/27 16:37   >>

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 口は禍の元。私なんかこれまでどれくらい言わなくてもいい事を言ってしまって失敗を繰り返してきたことか。そのたんびに自己嫌悪に陥ったものだ。今でも言わなきゃよかったというような後悔を繰り返している。失言と云うヤツだ。言わなくてもいいことをつい言ってしまうが、言わなくてもいい事は実は本音であり、頭の中で思っている本音が口から出てしまう。
 言葉によってコミュニケーションが成り立つのではあるが、これだけ複雑な社会になるとお互いの意思の伝え方は自分が思っている以上に複雑になってきている。コミュニケーションができていると思い込んでいるが実は言葉の使い方、受け取り方が食い違い、お互いを隔てているということも多い。
 科学技術が発達し社会も複雑になり、外来語や専門用語が増えてしまって会話の中にそういう言葉が一つでも混じってしまうとそこでお互いの会話にずれが生じてしまう。また誰もがよく知っていて使っている言葉であっても、実はそれぞれ微妙に意味を違えて解釈が異なっていたりして、決して同じではなくて、お互いの間に共有できていない言葉もあったりするものだ。
 言葉は使う人ごとにその場の状況によって様々な記憶や出来事や感情や行為によって、その時に気分も手伝って出てくるもので、そういう言葉の連なりでもある。
 同じ轍は踏まないのが賢い人間の証明になるのだが、どうも政治家という職業は同じ轍を何度も踏む程度の脳しかもっていないようだ。しかも彼らの言う失言は暴言であることが多いので厄介だ。しかも確信犯的。
 その場において悪気もなくつい言ってしまった不適切な本音が失言だとすれば、半ば故意に悪気のある本音を暴力的な言葉で吐いてしまうのが暴言と言える。若いうちにあまり失敗したことのない人間ほど年を取ってから取り返しのつかない失敗をするものだ。政治家や官僚や会社の役員など高学歴の者が吐く失言の悪質さはこの手のものが多い。格差社会というか、三角形の頂点に君臨している狭い世界で生きているからこそのコミュニケーション不全というか、そういうことなんだろうなと思う。
 言葉を選ぶのは難しい。語彙はたくさん知っていた方がいいが、いくら知っていたとしても相手に正確に伝わるかどうか分かったもんじゃない。文章にすれば伝わるものが口から出た言葉だけでコミュニケーションを取ろうとすると伝わらないのが失言であるとも言えなくもない。


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